2007 自然エネルギー研究所に改称
2006 第7回OM地域建築賞、および記念コンペティション「OMの町角」 を開催。
2005

「地球のたまご」SB05Tokyo(サステナブル建築世界会議東京大会)のサステナブル建築・住宅賞建築部門にて審査委員会奨励賞と 、すまい・建築・都市の環境展エコビルド2005の第4回エコビルド賞を同時に受賞

OM研究所事務所を新宿区下落合に移転

2004

■OMソーラー協会社屋「地球のたまご」の竣工

京都府地球デザインスクールセミナー棟および宿泊棟の設計

2003

OMソーラー協会社屋「地球のたまご」の着工

2002

OM研究所内にPADEC/OM(Passive Design Consultant/OM)を設立

2001


■ソーラータウン久米川(東京都東村山)
 /木造2階建 19区画
 /OM研究所
19棟すべてOMソーラーのまち。住み続けるほどに愛着が深まっていく家、「住み続けられる家」をテーマに。

1999

OM研究所を旧吉村順三設計事務所建物へ移転
これを機にさらにパッシブソーラー技術の研究・開発を進めるとともにそれらを実践するべく設計部門の活動に力を注ぐ。

1998

■南寧日中友好太陽房 (中国・廣西壮族自治区南寧市)
 /鉄筋コンクリート造+
  一部木造2階建169.39平方メートル
 /OMソーラー協会一級建築士事務所+
  廣西科学院応用物理研究所+木曽三岳奥村設計所
ベトナム国境に近い高温多湿な地域にOMソーラーの涼房手法を取り入れた建物で、屋根での放射冷却や屋根廃熱などOM独自の夏対策が有効であることが検証された。

施設物件対応のOM計画(株)発足

1997

「PLEA'97釧路国際会議」協賛

1996

■釧路市地域保育センター(北海道釧路市)
 /鉄筋コンクリート造2階建
  996.38平方メートル
 /木曽三岳奥村設計所+N設計室+
  北海道釧路市住宅建築課+OM研究所
児童の健全育成と地域福祉の向上を目標に計画されたモデル事業的な性格をもった公立の保育センター。ライフラインから隔絶されても、最低限のソーラー集熱と換気、TV・ラジオ等の防災情報の入手を可能にする太陽電池を備えている。それはガラス集熱面に敷設され、集熱と同時に太陽光発電を行なうという積雪寒冷地での屋根一体型太陽電池の可能性を追求している。

■PLEA'97釧路国際会議 インフォメーションセンター
 /木造2階建182.8平方メートル
 /木曽三岳奥村設計所+OM研究所
寒冷の地で真冬に開催されるパッシブとローエナジーをテーマとした市民参加型国際会議=PLEA'97のインフォメーションセンター。「水詰めポリタンク」や潜熱蓄熱材(P.C.M)を従来の蓄熱コンクリートの代替品とし、それらの可能性を試みている。また、アモルファス太陽電池を組み込んだプレファブ型集熱面パネルを採用し、工期短縮と高性能集熱を実現。太陽光発電を補う風力発電も設置し、それらでは不足する電力を商用から供給するシステムとした。

1995

OMソーラーシステムの空気と熱をデザインするコンセプトと太陽エネルギーの実践的な利用業績に対して、奥村昭雄とOM研究所にISES(国際太陽エネルギー学会)からThe Achievement through Action(Christpher A.Weeks Memorial)Awardが授与された。

1994

■関西学研都市展示館〈京都府相楽郡精華町〉
 /木造2階建 581.42平方メートル
 /関西文化学術研究都市センター+OM研究所
屋根一体型太陽光発電パネル、逆潮流売買電、夜間天空放射冷却利用の畜冷、吸着除湿冷房等一年を通してのパッシヴな仕掛けを試みている。こうした最新のOM技術が駆使される一方で、構造、天井材に使われた葉枯らし乾燥の徳島・木頭杉が館全体に柔らかな雰囲気を醸し出している。

1992

■金山町立中学校〈山形県最上郡金山町〉
 /鉄筋コンクリート造地下1階地上3階建
  7,973.02平方メートル
 /木曾三岳奥村設計所+東京芸術大学益子研究室
多雪地帯の大型建物、そして公立学校という施設につきまとう予算その他のさまざまな困難は、そのままこの試みの意義の大きさとなった。緩やかな床暖房は雪国の子どもたちの活溌な活動に適しており、学校施設のあり方に、一石を投じた。

1991

■第2わかば園〈千葉県松戸市〉
 /鉄骨造2階建 1185.67平方メートル
 /稲田豊作一級建築士事務所
精神薄弱者更生施設。中規模施設建築への広がりを示した建物。

1990

■世田谷区立宮坂地区会館
 /鉄筋コンクリート造・SRC造・鉄骨造
   2,584.49平 方メートル
 /野沢正光建築工房

1988

■釧路・芦野のモデルハウス
 /木造2階建 139.72平方メートル
 /和田建設工業
記念すべきOMソーラー住宅第1号

1987


OM研究所およびOMソーラー協会設立。

■阿品土谷病院〈広島県甘日市阿品〉
 /地下1階地上3階塔屋1階鉄筋コンクリート造一部鉄骨  10,568.22平方メートル
 /木曾三岳奥村設計所+野沢正光建築工房
精密なシミュレーションと実験データをベースに設計され、コ・ジェネ、PCM蓄熱の利用などの先駆的試みが盛り込まれている。OMのひとつの到達点として記念碑的な建物。

1986

■佐々邸〈茨城県取手市〉
 /木造2階建 117.54平方メートル
 /佐々和子
カラー鉄板瓦棒葺きの屋根裏で集熱。ベタ基礎に蓄熱。補助暖房には石油ポット式ストーブを利用。二重煙突によってストーブの煙突の排熱を回収、再度二重煙突によって暖める。

■吉田邸〈岩手県陸前高田市〉
 /木造2階建 114.70平方メートル
 /木曾三岳奥村設計所
ガラスが屋根にのった空気集熱第1号。

■静岡・現代民家「宇」
 /木造2階 208.04平方メートル
 /マルモ中村住宅
工務店の設計・施工による第1号。奥村昭雄のサジェスチョンによって誕生し、OMソーラー協会とOM研究所設立のきっかけとなった。

1984

■逗子小坪の住宅〈神奈川県逗子市〉
 /RC壁構造一部木造
 /地下1階地上2階建 173.31平方メートル
 /野沢正光建築工房 野沢正光
パッシヴ・アクティヴ併用型住宅。特にファンコイルに温風を当てることによりお湯採りをするという熱交換システムは、OMハンドリングボックスの原型といえるかもしれない。

1982

■国立東町の家(躯体集熱の家−1)〈東京都国立市〉
 /木造2階建 86.15平方メートル
 /石田設計事務所 石田信男

■新田体育館〈群馬県新田郡新田町〉
 /S造平屋建一部2階建 1,588.0平方メートル
 /木曾三岳奥村設計所
体育館という広い屋根面での集熱空気の蓄・放熱法が、この建物のテーマであった。この建物ができる頃に、奥村によるコンピュータシミュレーションプログラムが完成し、これによって得られた数値が極めて実測値に近いことが証明された。

1981

■西大沼の家(躯体集熱の家−2) 〈神奈川県相模原市〉
 /半地下1階RC造+地上木造2階建
  117.62平方メートル
 /石田設計事務所 石田信男

「ソーラー研」始まる。

1979

■大泉学園の家〈東京都練馬区〉
 /木造2階建 107.85平方メートル
 /木曾三岳奥村設計所
パッシブソーラーの考え方を意識し、その実現が目指された、最初の作品。OMソーラー開発の試行錯誤の舞台となり、数々の改良が重ねられたOMの元祖的存在。

1973

■星野山荘〈長野県中軽井沢星野〉
 /木造一部RC造3階建 85.6平方メートル
 /奥村昭雄
奥村をOM誕生へと導く直接のきっかけとなった作品。結果としてのローコストも、見逃せない要素だった。ストーブの煙突の排熱を熱交換して温風床暖房に利用、ストーブの立上がりの早さと床暖房の良さ両方を得ようというもの。