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 6月12日の愛知芸大見学会には、東は群馬県から西は山口県まで、123名のお申込、113名の御参加をいただきました。ご参加いただきました皆様、誠にありがとうございました。

  実は今回の見学会のおよそ2ヶ月前、3月27日にも名古屋CDフォーラムの主催により同規模の見学会と講演会が開催されております。愛知県立芸術大学は、日本建築家協会や国際団体DOCOMOMOジャパンなど専門家から高い評価を受けておりますが、わずかな間に開催された2回の見学会と講演会に御参加頂きました人数からも、このキャンパスが如何に多くの人にとって価値ある存在であるのかお分かり頂けるのではないかと思います。

 

 さて私自身も愛知芸大を訪れるのは今回が初めてでした。校門からの森のようなアプローチを抜けるとなだらかな丘の上に建つ講義室棟が目に入ります。そこから大きく育った木々に溶け込んだキャンパスを実際にわが目で見て歩くと、そこかしこに居心地の良さそうな場所を見つけることが出来ます。吉村さんや奥村さんは、ひとつの建物というよりはその間に出来上がる「間の空間」を作ろうとしたと聞きましたが、こうして見ると40数年前これを計画した時代はなんと夢のあったことだろうと思うと同時に、今だからこそ受け取れるメッセージがあることに気がつきます。それこそがこのキャンパスの計画だったのだろうなと思うととても感動いたしました。

 

 

 見学会のあと場所を移し行われた パネルディスカッションでは、松隈洋氏(京都工芸繊維大学教授)、櫃田伸也氏(元愛知県立芸術大学教授)、道家駿太郎氏(大阪工業大学教授)、永田昌民氏(N設計室)をお迎えし、40数年前の写真と今日の愛知芸大のスライドを見た後、吉村順三氏と愛知県立芸術大学の設計の話や、愛知芸大に長らく住まわれた経験、また近代建築の保存にまつわる話について伺い、また参加者のみなさんと話し合いました。

 

 

 このキャンパスはいま、静かに、すこしずづ、解体・改築が進められております。残念ながらこのことはあまり多くの方には知られていないようです。今は撤去されているようですが、この3月まで展示されていたという改築計画案の模型(※1) では、講義室棟と体育館以外の建物はボリュウム模型に置き換わっていたとの話です。そして6月16日には、新しい音楽学部棟の校舎建設予算に学生寮の解体費が含まれてたとの記事が中日新聞朝刊に掲載されました。このままでは本当に知らぬ間に解体され、気づいたときには今のキャンパスはほぼ失われているかもしれません。

 今から44年前、ちょうど愛知芸大ができあがろうとするころ、このキャンパスの設計者である吉村順三さんが読売新聞に寄せた記事(※2)を拝見致しました。記事の内容は、F.W.ライトの設計した名建築である帝国ホテル旧館の保存問題や皇居前の美観論争についてです。まるでこの稀に見る素晴らしいキャンパスでさえもやがて同様の問題にさらされることを予想していたかのようです。吉村さんは、当時の東京における帝国ホテルの旧館保存問題で古い物ばかりを残せと言っている訳ではないとしながらも、「真に芸術的な「ほんもの」の建築は時代を超越してその存在価値を持つ一方、新しく生まれてくるものを正当づける基準を与える」ことをニューヨークの例をあげながら述べています。芸術的かどうかは私には語れませんが、愛知芸大のキャンパスは素晴らしい基準として在り続けることは間違いないでしょう。記事は都市という大きな視点で語られていますが、そこにあるメッセージは普遍性を持っていると思います。私たちは、この40数年前からのメッセージになんと応えるべきでしょうか。(自然エネルギー研究所・竹本)

(※1) 吉村順三記念ギャラリーのHPに建て替え計画案の配置図が掲載されています。
   また過去に発表された構想の図面や模型写真は「愛知県立芸術大学施設整備に関する資料」に掲載してあります。

(※2) 古い東京 新しい東京 いまこそこの大都市再建を 吉村順三(1967年9月15日読売新聞夕刊)

報告02:写真で見る「丘の上のキャンパス」の今と昔

[ LAST UPDATE Fri, 2010-07-16 13:26 ]
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